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東京高等裁判所 昭和50年(ツ)76号 判決

上告人

石井栄

被上告人

小川永一

右訴訟代理人

江口保夫

〈ほか二名〉

主文

原判決を破棄する。

本件を静岡地方裁判所に差し戻す。

理由

別紙上告理由第四について。

論旨は、上告人が被上告人との間で昭和四二年九月ころAE線より南側を被上告人所有地、同北側を上告人所有地とする旨合意したことを原審において主張しているにもかかわらず、原判決はこの主張について判断を遺脱しているという。

原判決が右所論の点に関して上告人の主張として摘示するところによれば、「昭和四二年九月、被上告人と上告人は、その所有土地を測量し、登記簿上の面積に足りても足りなくても互いに按分して境界を確定することを約し、この約束に基づいて実測のうえ、境界線としてAE線上に杭をうつたものである。要するに、昭和三三年の水害は未曾有のものであり、このような場合、実測のうえ按分するなりして関係者が合意して境界を確定する以外に方法はなく、これが最も公平妥当な解決方法というべきである(ドイツ民法第九二〇条参照。)」というのであるから、右主張が、地番上の境界とは無関係にただ両者の各所有地の範囲のみを確認する合意の意味と解されないことはないが、また、地番を異にして隣接する両土地の地番上の境界の確定について合意が成立した意味と解される余地もあるところ、所有者を異にする両土地が隣接し、その境界に争いがある場合において所有者双方がその両土地が各別異の地番に属することを前提として、その地番上の境界を合意をもつて定めることは右各地番をもつて特定される所有地の限界が実地において当該合意線で相接することを合意することにあつて、その合意は私権の自由な処分ないし取得を伴うにすぎない行為として有効であると解することができる。右合意の結果として、現況と公図との一致が計られる場合であつても、また公図との不一致が生ずる場合であつても、右の合意行為自体は、地番の区画に対する公的機関の作用に関することを目的とするものではなく、結果として生ずる公図との不一致の是正も、もともと現況と公図が一致していなかつた場合と同様に、公的機関との関係において分筆合筆等の手続によつて処置されれば足りることであつて、公図と異る現況をもつて所有権を行使していることが私法上違法無効を生じないのと同様に、公図上の表示と一致しない位置形状の境界線を実地に即して合意すること自体に私法上の違法無効をいうべき理由はないものと解されるから、原審における上告人の右主張が前示のようにいずれに解されるかにかかわらず、この主張に対する判断を原判決がなんら示していない点に所論違法があり、その違法は判決の結果に影響を及ぼすことが明らかといわなければならない。

同第三について。

境界確定訴訟は、所有者を異にする両土地が隣接する場合において、境界について争いがある所有者間において境界を確定することを目的とするものであつて、所有関係をはなれ、一定の地番の土地とこれに隣接する他の地番の土地との境界を実地に即して発見しまたは設定するためのものではないから、右両土地が同一所有に属する場合において、その所有者が両土地の境界の確定を求めるについては訴の利益を有しないものといわなければならないところ、原判決は、ADを結ぶ直線以南の所論係争地が被上告人の所有に属することを判断しながら、その所有に属する土地内において所論七六六番の土地と同七六五番一の土地との境界をAD'を結ぶ直線であると確定して被上告人のために判決しているところに無益な境界を確定した違法があるものといわなければならず、その違法は判決の結果に影響するところが明らかである。論旨は理由があり、原判決はこの点につき前記第四点との関連において破棄をまぬがれない。

よつて、本件上告は右第三、第四の論点において理由があり、更に事実認定に基づく審理をする必要があるから、その余の論点について判断するまでもなく、原判決をすべて破棄して原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(畔上英治 岡垣学 唐松寛)

上告理由

第一、原判決には理由齟齬または理由不備の違法がある。《省略》

第二、原判決は、民法第一六二条の解釈を誤つた違法がある《省略》

第三、原判決は法令の解釈を誤つた違法がある。

すなわち、境界確定訴訟の当事者は隣接する両土地の所有者である。しかるに原判決は、上告人所有名義の「七六六番」の土地のうち被上告人所有地である「七六五番一」の土地に隣接する本件係争地について、時効取得により被上告人の所有に帰したとする。とすれば、原判決が境界とする両土地は、被上告人所有ということになり、上告人は当事者たる資格を有しないことになる。

第四、原判決は、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断を遺脱している。

すなわち、上告人は、昭和四二年九月ころ、被上告人との間でAE線より南側を被上告人所有地、北側を上告人所有地とすることの合意をしたとの主張をした。しかし、原判決には、この点に関する判断がない。この事実は判決に影響を及ぼすべき重要な事項である。

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